どこの国、社会でも恐らくそうでしょうが、新しいものが誕生するとき、いわば過渡期には混乱がつきものです。日本における税理士の誕生も例外ではありません。そもそもは近代日本で明治政府の税制が整備されるにつれて商工業者を中心とした一部の階層の税金負担が増え、それに対して彼らが対策を練るべく、退職税務官僚など税金に精通した者に税金に関する知識について相談をしたり、税金関連業務を依頼したことが、税理士という職業誕生の起源でした。当時は税務代弁者或いは税務代弁人等と呼ばれていましたが、そうした税理士の起源とも言うべき職業に対する社会のニーズが高まるにつれ、問題も生まれてきました。その典型的な例が悪徳税務代弁者の出現です。
こうして世に税務代弁者が増える一方で、一部の税務代弁者の中には彼らの顧客、つまり納税者が税に関する知識を持ち合わせていないことに乗じて、顧客に対して不当な報酬を要求したり、或いは何も問題が無いにもかかわらず顧客をけしかけて、税務官庁に対して異議申し立てを出させ、税務官庁との紛争を引き起こした上で不当に利益を得たりする、そうした悪徳税務代弁者が出現するようになります。こうなると政府も手を拱いてみているわけにはいかず、対策を講じることになります。そんな政府機関側が悪徳税務代弁者を取り締まるべく出されたのが1912年に大阪府が大阪府条例として出した「大阪税務代弁者取締条例」です。これは税理士に関して初めて出された法律、法規であり、ある意味現在の税理士法の原点であるともいえます。その後それから四半世紀後の1937年には京都府で同じように条例によって「京都税務代弁者取締規則」が制定されています。ここでは税理士は警察の営業免許を受けることとされています。当時こうしたいわば悪徳税理士の氾濫に当局が以下に手を焼いていたかが伺えます。ですがこうした取り組みも実を結ばず、税理士業界の整頓に根本的な解決がなされるまでは、まだ時間がかかります。
日露戦争の後、第一次世界大戦でも日本は勝利し、国力は増大します。この間米騒動や関東大震災等といった事件を経ながらも、日本は経済成長をしていきます。ところが第一次大戦後の好景気に翳りが見え始め、昭和に入って1929年アメリカ発の世界大恐慌が日本経済を襲うと、ご存知のように日本の社会にも暗い影が立ち込めるようになります。
満州事変を経て、日本が戦争に向かって進み始めたころ、そんななかの1933年、税務代弁者に関する一つの法律が当時の帝国議会衆議院に提出されました。それが「税務代理人法案」と呼ばれるものです。税務代弁者と呼ばれる職業が出現した頃と比べ、当時の日本では経済活動がより大規模かつ複雑になっていました。一方で税務代弁者を取り巻く状況については混乱が解消されず、それらを管理する法律、法規の出現が待たれていました。こうした中で提出された税務代理人法案ですが、反対意見が強く、結局この法案は国会を通過することなく廃案となってしまいました。当時税務の専門家として業務を行っていた者の中に反対意見が多かったようです。ちなみに当時税務の専門家として、現在の税理士に相当する業務を行っていた人たちには国税従事者と呼ばれる税務署OBの他、弁護士、そして経理士がいました。経理士とは現在の公認会計士です。

そして日本は本格的に戦争の時代に突入していきます。嘗て日露戦争で多額の戦費調達が必要になったのと同じように、日中戦争、太平洋戦争と突き進む中、度重なる増税がなされました。当然税制もより複雑になっていきました。これを機に、税務代弁者に関する本格的な法律の制定が行われることになります。

注目サイト

佐川急便
http://www.sagawa-exp.co.jp/

2014/11/6 更新