昭和に入り、日本は所謂十五年戦争と呼ばれる戦争の時代に突入していきます。日中戦争、太平洋戦争と戦争が泥沼化していくつれ、戦費が増大していき、政府も度重なる増税を実施します。こうなると当然税制もより複雑化していきます。しかし日本の戦局の悪化が税制にも影を落とすことになります。当時多くの農村や作業現場で人員が徴兵されて人手不足に陥ったのと同様、税務当局においても多くの官吏、役人が徴兵されていきました。そうして生じた人員不足は税務行政の施行に支障をきたすまでになっていました。官吏だけではありません。民間で税金に精通した人材の状況も同じで、その結果税務代弁者も数が大幅に減って人手不足に陥りました。こうした状況がさらなる混乱を生みます。この状況に乗じて不正な税務指導や業務等を行い、納税者に不当な報酬を求める行為が横行することになります。戦争のさなかでの国民生活の苦境に乗じるかのような、こうした悪徳税務代弁者による不正行為を徹底的に取り締まるべきだという声が出て、1942年に税務代理士法が制定されました。この法律の目的は悪徳税務代弁者の取り締まりは勿論、税務代理士という職業としての確固たる制度、資格を設け、法律できちんと監督を行うとともに、これに従事する者の資質の向上を図ろうというものでした。この税務代理士法によって、それまで税務代弁者としての業務を行っていた国税従事者、弁護士、経理士は強制的に税務代理士としての資格の認定、登録、入会を求められました。ここでいう税務代理士とは税務に関する業務に従事する者の総称であり、この税務代理士という名称が後の税理士の前身となるのです。

1945年8月に日本は連合軍に対して降伏し、約15年の長きにわたった戦争は終結します。そこから日本はGHQによって占領されることになりますが、ここからよく知られるように、GHQによる日本の民主国家への改造が行われます。その具体的な施策として軍隊の解散、財閥の解体、農地改革、そして新憲法の制定などが有名です。ですがこれらに混じってあまり知られていませんが税金、会計の世界においても民主改革の手が及んでいます。その一つが前出の経理士です。ここで経理士制度から公認会計士制度への見直しが行われ、現在にいたる公認会計士制度が誕生します。そして公認会計士法が成立した翌年になって、戦前の1942年に確立した税務代理士制度にも改革のメスが入ります。私たちが現在よく耳にする税理士という呼称、そして職業はここで登場し、その後の日本社会に貢献をしていくことになります。

Last update:2014/11/6